Eno.733 木早 永心 この地での記録10 - はじまりの場所
この国に滞在して4日目、国王殿が逝去された。
己が拝見したのは初日の一回きりだが、既に大分容態が悪いことは察せられていた。
(荒れるやもしれぬな…。)
勇名鳴り響いた国王殿が亡くなったとなれば、二十年前侵略を行った隣国がまた良からぬ野心を抱くかもしれない。
そうなれば、国王殿が亡き今は…この国では耐えられまい。
(国力の差ではなく、士気の違いが大きいだろう。)
二十年前の様に、国が一つの強固な一枚岩の様に団結することが出来れば、抗うことは可能だろう。
隣国はこの国に比べれば軍事力は大きいが、それでもこの国を侵略することに手を焼けば、周囲の国々がどう動くかは不透明だ。
そんなことを考えていると、蒼褪めた表情をしたアリア姫が話しかけてきた。
「……私には叔父がいます。
じきに、父が亡くなった知らせを聞きこの城に来ます。
叔父は父と違い、戦争になったら降伏してしまえと…言うでしょうね。」
「それも一つの選択ではあります。」
「…もし、戦争になったらエイシン殿はどうなされますか?」
「…逃げますな。
戦争となれば、用心棒の範疇を超えています故。」
「……。
私が女王だなんて…無理です。」
「……。
逃げるなら、某がイシカリ殿と二人抱えて逃げますぞ。」
アリア姫は己の言葉に泣き笑いした様な表情を浮かべた。
「ハハ…出来ませんよ。私は…この国から逃げるだなんて。」
「でしょうな。
浮き草の某と違い、姫は根を持っておられる。
この国にしっかりと根付いて居られます。」
会話を暫くすると、姫は己に礼を言って立ち去った。
恐らくは己が浮草だからこそ、姫は弱音を吐けたのではないだろうか。
同じこの国に根差す者には、立場からしてとても言えぬだろう。
…
……
………
姫の叔父、つまり亡き国王殿の弟にあたる男が、自分の領地の兵士を多く引き連れ城を訪れたのは次の日の夜だった。
気短な性格が強く感じられる細身の男である。
城内の大広間で顔を合わせた姫と叔父はすぐさま衝突することになった。
「久しぶりだな、アリア。
兄が亡くなったのは非常に哀しいことだが、事態は急を要す。
兄の葬儀を終えたら、すぐに女王の座に就き、そして最後の仕事をするのだ。」
「叔父上…。
最後の仕事とは何のことでしょう。」
「決まっている、隣国に属国として下ることだ。
安心しろ、私は兄と違い隣国と縁を大切にしてきた。
その縁を辿れば話はスムーズに進むだろう。」
「そんな話をすぐに決めることが出来る訳ないでしょう!」
「王には責任というものがある。
判断の時期を逃して、国を滅亡に導く気か?
それとも、兄の後を継ぐのは止めるか?
私が王になっても構わんのだぞ。」
「……!」
二人の諍いを城内の重臣や兵士が止めようとするが、姫の叔父が引き連れて来た兵士がそれを阻害する。
完全に叔父のペースで事は進もうとしていた。
そんな時…
大広間のドアを開け、一人の男が入ってきた。
金属鎧を身に纏い、大剣を携えた歴戦の戦士の面構え。
一瞬にして静まり返る大広間。
「ば、ば…馬鹿な……あ、兄上……。」
男を凝視した姫の叔父が、声を絞り出し呟いた。
遅れて、アリア姫も驚愕の表情を浮かべ
「お…お父様……。」
と呟いた。
金属鎧の戦士は止まることなく二人に近づいてゆく。
その迫力に城内の兵士も、姫の叔父が連れて来た兵士も固まった様に動けなかった。
「久しいな、弟よ。
オマエの本心は分かっていたが、病を得た身体ではどうしようもなかった。
…だが、今ここでオマエを討ち取り後顧の憂いを断とう。」
金属鎧の男が言葉を発し、剣を構える。
その声は力強さに溢れていたが、紛れもなく国王のものだった。
「な、何故!? 何故だ…死んだというのは芝居だったのか!?
いや…そんな…大病だった筈だ…!!」
剣を構えられた姫の叔父が叫ぶ。
「芝居ではない。確かに我が身は一度死したのだよ。
…黄泉の世界にて事情は教える!」
金属鎧の国王が剣を振り下ろそうとしたその瞬間、その剣の前に立ち塞がったのはアリア姫だった。
「駄目です…お父様!」
「アリアよ、退け。
腐った柱は取り除かねば国は亡ぶ。
これは国の為、国王としての責務なのだ。」
国王の言葉に首を横に振り拒否の構えを示すアリア姫。
業を煮やしたのか、国王は片腕でアリア姫を突き飛ばした。
「共に黄泉の世界へ、行こうぞ…弟よ!!」
勢い良く大剣が振り下ろされた。
己が拝見したのは初日の一回きりだが、既に大分容態が悪いことは察せられていた。
(荒れるやもしれぬな…。)
勇名鳴り響いた国王殿が亡くなったとなれば、二十年前侵略を行った隣国がまた良からぬ野心を抱くかもしれない。
そうなれば、国王殿が亡き今は…この国では耐えられまい。
(国力の差ではなく、士気の違いが大きいだろう。)
二十年前の様に、国が一つの強固な一枚岩の様に団結することが出来れば、抗うことは可能だろう。
隣国はこの国に比べれば軍事力は大きいが、それでもこの国を侵略することに手を焼けば、周囲の国々がどう動くかは不透明だ。
そんなことを考えていると、蒼褪めた表情をしたアリア姫が話しかけてきた。
「……私には叔父がいます。
じきに、父が亡くなった知らせを聞きこの城に来ます。
叔父は父と違い、戦争になったら降伏してしまえと…言うでしょうね。」
「それも一つの選択ではあります。」
「…もし、戦争になったらエイシン殿はどうなされますか?」
「…逃げますな。
戦争となれば、用心棒の範疇を超えています故。」
「……。
私が女王だなんて…無理です。」
「……。
逃げるなら、某がイシカリ殿と二人抱えて逃げますぞ。」
アリア姫は己の言葉に泣き笑いした様な表情を浮かべた。
「ハハ…出来ませんよ。私は…この国から逃げるだなんて。」
「でしょうな。
浮き草の某と違い、姫は根を持っておられる。
この国にしっかりと根付いて居られます。」
会話を暫くすると、姫は己に礼を言って立ち去った。
恐らくは己が浮草だからこそ、姫は弱音を吐けたのではないだろうか。
同じこの国に根差す者には、立場からしてとても言えぬだろう。
…
……
………
姫の叔父、つまり亡き国王殿の弟にあたる男が、自分の領地の兵士を多く引き連れ城を訪れたのは次の日の夜だった。
気短な性格が強く感じられる細身の男である。
城内の大広間で顔を合わせた姫と叔父はすぐさま衝突することになった。
「久しぶりだな、アリア。
兄が亡くなったのは非常に哀しいことだが、事態は急を要す。
兄の葬儀を終えたら、すぐに女王の座に就き、そして最後の仕事をするのだ。」
「叔父上…。
最後の仕事とは何のことでしょう。」
「決まっている、隣国に属国として下ることだ。
安心しろ、私は兄と違い隣国と縁を大切にしてきた。
その縁を辿れば話はスムーズに進むだろう。」
「そんな話をすぐに決めることが出来る訳ないでしょう!」
「王には責任というものがある。
判断の時期を逃して、国を滅亡に導く気か?
それとも、兄の後を継ぐのは止めるか?
私が王になっても構わんのだぞ。」
「……!」
二人の諍いを城内の重臣や兵士が止めようとするが、姫の叔父が引き連れて来た兵士がそれを阻害する。
完全に叔父のペースで事は進もうとしていた。
そんな時…
大広間のドアを開け、一人の男が入ってきた。
金属鎧を身に纏い、大剣を携えた歴戦の戦士の面構え。
一瞬にして静まり返る大広間。
「ば、ば…馬鹿な……あ、兄上……。」
男を凝視した姫の叔父が、声を絞り出し呟いた。
遅れて、アリア姫も驚愕の表情を浮かべ
「お…お父様……。」
と呟いた。
金属鎧の戦士は止まることなく二人に近づいてゆく。
その迫力に城内の兵士も、姫の叔父が連れて来た兵士も固まった様に動けなかった。
「久しいな、弟よ。
オマエの本心は分かっていたが、病を得た身体ではどうしようもなかった。
…だが、今ここでオマエを討ち取り後顧の憂いを断とう。」
金属鎧の男が言葉を発し、剣を構える。
その声は力強さに溢れていたが、紛れもなく国王のものだった。
「な、何故!? 何故だ…死んだというのは芝居だったのか!?
いや…そんな…大病だった筈だ…!!」
剣を構えられた姫の叔父が叫ぶ。
「芝居ではない。確かに我が身は一度死したのだよ。
…黄泉の世界にて事情は教える!」
金属鎧の国王が剣を振り下ろそうとしたその瞬間、その剣の前に立ち塞がったのはアリア姫だった。
「駄目です…お父様!」
「アリアよ、退け。
腐った柱は取り除かねば国は亡ぶ。
これは国の為、国王としての責務なのだ。」
国王の言葉に首を横に振り拒否の構えを示すアリア姫。
業を煮やしたのか、国王は片腕でアリア姫を突き飛ばした。
「共に黄泉の世界へ、行こうぞ…弟よ!!」
勢い良く大剣が振り下ろされた。