Eno.733 木早 永心  この地での記録9 - はじまりの場所

 嵐の様な豪雨が過ぎ去った。
森の大樹の洞に身を隠し、何とか雨は避けたが寒くて敵わない。
今回の山籠もりはこれで切り上げ、宿で温かい風呂を頂こう。

「……。」
  
 足早に駆けてしまいたいが、雨の影響で山道は酷い有り様だ。
泥まみれになって宿に迷惑をかけるのは申し訳ない。
ゆっくりと山道を下る。

「そう言えば…。」

 薄暗い雨上がりの山道に既視感を覚える。
あの奇怪な老人に出遭ったのも、こんな薄暗い雨上がりの山道だったな。
脳裏に1年前に出遭った老人の姿が浮かび上がった。


……
………

「いやぁ、御見事な腕前。助かりましたわい。」

 小柄な老人がこちらに向かい頭を下げた。
夕刻を過ぎ薄暗くなった雨上がりの山道、周囲には先ほど襲ってきた山賊達が倒れ伏している。

「いえ、己の身を守ったまでです。」

 運の悪い山賊達だったなと、斬り伏せた後になって同情する。
どう見ても金目のものを持っていない己と、老人にまで襲い掛かって来ることはないだろうに。
軽く念仏を唱えると、その場を立ち去ろうとする。

「御老人?」

 ふと、妙な気配を感じ振り返れば、老人は山賊達の懐を漁り、銭入れを取り出しているところだった。

「死んでしまっては銭の使い道はありませんからな。
 これは私達が有効に活用させて頂くのが良いかと。フォッフォッフォ。」

 老人は悪びれもせずに笑った。
この老人とはそれまで面識も無く、ただ単に同じ時に同じ山道を歩いていただけの見知らぬ旅人同士だった。
…が、山賊襲撃により奇妙な縁が出来てしまったのだろう。
この老人とは暫くの間、旅を共にする羽目になってしまった。

「つまり、某を護衛に雇いたいと。
 行き先は……ふむぅ。」

 宿で食事を取っている最中、老人が話しかけてきた。
どうやら己の腕前を見込んで、老人が向かう小国までの用心棒になって欲しいとのことだ。

「是非是非。この通り私はか弱い老体の身。
 エイシン殿の様な腕達者が用心棒になってくれれば有り難い限りです。
 勿論、報酬は弾ませて頂きますぞ。」

 フォッフォッフォと笑う老人。
その報酬は先ほど山賊から奪った銭なのでは?

「…まあ、確たる目的も有りませぬしお受けしましょう。」

 旅から旅への旅烏が己だ。
断る理由も特になかったので老人の用心棒を引き受けた。

………
……


 その国は…失礼な表現だが、小国という表現が相応しい小さな国だった。
肥沃な国土を持つ訳でもなく、産業が発達している訳でもない。
さりとて交通の要所に有るわけでもない、そんな国だ。
しかし、この国が独立した一つの国であることは確かで、二十年前には隣国の侵略戦争をも退けていた。
この国の国王の勇名は近隣諸国に鳴り響いている。

「…本当に国王に用事が有るので?」

 小さな、しかし幾度の戦火を潜り抜けた痕跡が残る城を前にして、己はイシカリと名乗った老人に疑わし気な口調で尋ねた。
用心棒として1週間ほど旅を共にしたが、その間用心棒らしい働きもなくただ物見遊山の様な感覚で老人に付いてきたが…。
まさか老人の目的が国王に会うことなどとは思いもしなかった。
(老人も全く話さなかった)

「ええ、ええ。確かに国王に用事が有りますからご安心を。」

「…イシカリ殿の方に用事が有っても、国王がそうだとは限りませんが。」

 流石に国の兵士に刀を向けるつもりは無い。
いざとなれば、老人を抱えて逃げ出せるように心づもりをしていた。
…が、意外なことにイシカリが門兵に話を伝えると、暫く待たされた後、城内へと案内されることになった。

 城内に入ると、一人の少女が待っていた。

「ここからは私が案内します。」

 少女はイシカリと己を連れて城の奥へ奥へと進んで行った。
その道中で簡単な自己紹介をお互いに行い、少女がこの国の姫、アリアだと分かった。
尚、己は用心棒と名乗り、イシカリが旅人と名乗ると酷く不信感を感じられた様だった。

「イシカリ殿…流石にそれは。」

 国王と会おうというのに旅人とだけ自己紹介するのはあまりではなかろうか。
肘で老人の頭を突っついた。

「フォッフォッフォ。旅人は旅人ですからな。
 …あえて補足するならば、国王殿の古い友人ですよ。」

「父の御友人…ですか?」

「もっとも、お会いするのは二十年ぶりになりますがね。」

「……!」

 二十年という言葉に驚愕する姫。
二十年前と言えば、この国が侵略を受けた時分だっただろうか。
そうこうする内に、兵士が厳重に守っている通路の前に辿り着いた。
姫はこの通路の先に国王の居る部屋が有り、武器などはここから先には持ち込めない旨の説明をした。

「…仕方ありますまい。」

 刀を兵士に預ける。
まさか国王との対面で何やら争いごとが起きるとは思えないが、いざとなれば徒手空拳で戦う覚悟を決めた。
そうして姫に案内され通路の先の部屋に入ると、そこは何と寝室だった。
大きなベッドの上に男が一人横たわっている。
あれが国王なのだろう。

「よくぞ参られた…お久しぶりですな、イシカリ殿…。」

 男が途切れ途切れの声を発した。
その声に力は無く、かなり容態が悪いことが窺えた。

「お久しぶりですな、国王殿。
 再びお会い出来て嬉しうございますぞ。」

「…其方の方は?」

「こちらは私の用心棒のエイシン殿です。
 腕っぷしの立つ御方で、在りし日の国王殿に劣るとも勝らぬ武人です。」

「エイシン殿か…すまぬが、イシカリ殿と二人で対話したい。…外に出て貰えぬか?」

 国王の言葉にちらりとイシカリの方を向く。
イシカリも手で問題ないと表現する。

「分かり申した。…では、某は先ほどの通路でお待ちいたす。」

「…アリア、オマエもだ。」

「……っ!?」

 イシカリが国王の部屋から出てくるまで、部屋を退出した己と姫は他愛もない雑談で時間を潰した。

「父とイシカリ殿は何の話をしているのでしょう?」

「さて、検討も尽きませぬ。」

「…エイシン殿は御眼が見えませぬか? いえ、よく歩けるなと。」

「眼は見えますが、こうして閉じたまま動けるのが某の特技でしてな。」

「……今、私の右手で幾つの数字を表しているか分かります?」

「三ですね。」

「……っ。そ、その眼帯何か透けてたりしませんっ!?」

 姫としては国王の友人らしいが、兎に角胡散臭いイシカリの情報を何か引き出せないかと己に話しかけた様だが、申し訳ないが己も全く分からぬのが実情であった。
途中からは己の眼についての話題に大分方向性が傾いてしまったが、ともあれ怪しい二人組という姫の不信感を少しでも払拭できたのではなかろうか。

 1時間程経った後。
国王の部屋のドアが開き、イシカリが歩いてきた。

「待たせましたな、お二人とも。
 懐かしい再会でつい、昔話に花が咲いてしまいました。」

「…いえ、待つのも用心棒の役目故。」

「国王殿から暫らく滞在して欲しいと言われましてな。
 エイシン殿、申し訳ないが用心棒としてお付き合いくだされ。」

 既に用心棒の役目は終えたと言っても良い状況だったが、イシカリが妙に強く引き留めたので己もこの国に滞在することになった。

「なに、長くても1週間はかかりませぬよ。」

 そうイシカリが小声で呟いた。








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