Eno.233 Laszlo Ambros  エピソード - はじまりの場所

 



 暫く続いた大陸間の戦争は、母国の敗北によって幕を閉じた。
 国はもはや俺達を使い捨ての駒としか見ていないらしく、約された報酬については知らぬ存ぜぬで押し通すつもりらしい。国境近くにあった故郷は勝戦国の軍勢に踏み荒らされ、今では雑草一本残っていないだろう。
 家族も、帰る場所も、帰る理由さえ失ってしまった俺達が、食うに困り道を踏み外すのに、数か月とかからなかった。

 襲い、奪い、時に殺す。

 国は戦後処理に追われ、荒廃した大地では魔物が人の営みに忍び寄っていた。
 俺達のような小悪党など、誰一人として気にかけやしない。泥と血にまみれた一年間。
 学のない頭を空っぽにして、似たような仲間と群れ、ただその日を生き延びるためだけに手を汚した。
 どこに出しても恥ずかしい野盗集団の出来上がりだった。




 そんなある日のことだ。

 道端に、赤子を抱いた女が倒れていた。
 痩せ衰えたその女は、近づいた時にはすでに事切れていた。懐には僅かな路銀。
 白かったはずのおくるみは薄汚れていたが、小さなリボン結びで丁寧に留められていた。

 男は、そこでふと手を止めた。
 幾日も何も食わずに草むらを抜けた日の夜、腹を空かせた自分の子供の夢を見たこと。飯ができたと大声で自分を呼ぶ母の姿を。
 火の粉を避けて走ったあの日、母の手を引いていた自分はもういない。
 リボンの結び目が、忘れたはずの記憶の端を掴んだ。

 弱々しい赤子を抱き上げた時、男の胸のなかで何かがゆっくりと崩れた。
 唇の端から小さく震えが伝わり、それがやがて静かな嗚咽になった。
 今更己の所業を悔いても、過去は戻らない。涙は何も取り戻さず、金も故郷もなくしたまま。
 それでも男は、その胸の痛みに名前をつけるようにささやいた。


 ――ああ、 ああ。 この子は愛されていたんだな。
 これまで奪ってきた命もまた、誰かにとって大切な存在だったのだろう。


 俺達はもう真っ当な道には還れまい。これからも襲い、奪い、殺すことになるだろう。
 ならばせめて、最後に残った人の心だけは、決して手放すまい。
 そして、 愛されていたこの子は、これからも愛されてやるべきだと。

 



 その日を境に、野盗集団は変わった。
 無軌道な襲撃は控え、権力者からの依頼を請け負い、庇護と報酬を得る道を選んだ。
 そして旅の途上で孤児を拾い集めるうち、辺境にはひとつの集落が生まれたのだ

 赤子を拾ってから十四年。
 血と泥は相変わらずつきまとったが、そこはならず者たちにとって、笑顔が絶えぬ、帰るべき居場所となっていた。








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