Eno.109 真上シンヤ  拝啓、遠き世界の空から、家族へ。 - はじまりの場所

 
いつもと変わらないはずだった。
仕事にでたみんなを見送って、みんなが食べ終わった朝ごはんの食器を洗って
その間に回していた洗濯物を干して、仕事前に玄関周りを軽く掃く。
最後にポストを確認して、仕分けて、自分の部屋で仕事をする、はずだった。

「宛先がない」

白い洋封筒はそれだけでも珍しいのに、封以外は飾りも文字もない。
人力でポスティングされたものの内容を判断するのも自分の役割。
兄は早々に家を出たが……両親を気遣って残った姉も、両親も、
身内の自分から見ても驚くようなお人好しで、
だからこそ、家にいられる仕事を選んだ。

別にそうしきゃいけない、というわけでもない。
みんな『好きなことをしていいんだよ』と言ってくれた。
ただ、ないものを考えるよりも確実な道を選んだだけ。

兄には「俺が家を離れたから」なんて申し訳なさそうな顔をされたけど
「兄さんがいてもこうしたと思うよ」と何度も言ううちに、
自分の通帳を見せて「ほら、家にいながらこんなにできるんだよ。通勤0分万歳」
なんて言っているうちに脇腹を小突いてくれるようになった。

とはいうけどお金に困っているわけでもない。
定年を迎えても仕事場の環境や人たちが好きで清掃や事務のシルバー枠に入った父。
井戸端会議をするには厳しい気候で、ご婦人たちがくつろぎ、
引っ越してきて、勝手の分からない若い人が相談に来る集会所の管理をする母。
頼まれたわけでもないのに困ったことはあの人に、という流れを作り、
色んな人から四季折々のものをおすそ分けされては抱えきれなくて自分が呼び出されることも多い。
何かのローンが残っているわけでもない家と車。

それから、そんな家で誰よりもお人好しな姉。

進路を考える時期になっても"友達"の資格取得の勉強に付き合い、理解するために自分も受験して。
問題なのは、それが一人なら何とかなっていたかもしれないが、複数人にそうしていたことで。
気が付けば大概の合同説明会や個別のエントリーも締め切っていた。

……成績もよく、ジャンルを問わない資格をいくつも持っていた彼女を
「ここまでだとは思わなかった」と幼馴染たちが奔走してくれなければどうなっていたことか。

幸い、そんなところを見込んで採用してくれたフリースクールの社風や業務内容も姉さんに合っているようだ。
一度忘れ物を届けに行ったときには別の職員に
「気難しい子でもアシタさんになら休み時間に話しかけるんですよ」
「ここに来るまで"も"怖い子が、アシタさんに会うために、って通ってくれるんです」、だとか。
まあ、姉さんはそんな人だ。

だから中学や高校で同じクラスだったってだけの人たちが頼るのもわかる。
そして姉さんは引き受け過ぎだ。もう少し自分のことを考えてほしい。

……違う、そういうことを書くつもりはなくて。
まあ、そんな人が「二人になにかあってからでは遅い」なんて家に残っても
全く安心できない……いや、一人暮らしをすれば
さらに色々引き受けていただろうと思うと安心したとはいえるけど
そんな姉に二人をまかせることはできないので、自分も居ながらできることを選んだ。それだけ。

"弟"がいれば、利他的な姉さんも少しは姉らしさを発揮して請けすぎることもない。
……は俺の過大評価だし、姉さんに失礼だな。そのくらいの分別は持っているはず……多分……

とにかく、高校を出るときにはない趣味を見つけるより家族を優先する、そんな環境だったわけで。
決してなんだかんだで俺も身内に甘いお人よしというわけではなくて

……何が仕込まれているかわからない封筒を開けるくらいは、する、したけどさ。
そこにカッターの刃が仕込まれるような人達じゃないし、
万が一そんなことがあれば逆恨みも甚だしい。
そんなヤツを相手にするのは自分でいい。



差出人も宛先も不明な封筒の中身は招待状だった。


  素敵な庭園をオープンしました。
  
  ここは、周囲すべてが空という空間の中に浮かんでいる、一つの島。
  
  広々とした世界と豊かな自然。冒険の疲れを癒やすのにぴったりです。
  
  良かったら、ぜひお越しください。


……いや、怪しいだろ
他の誰かに見つかる前でよかった。
そう思いながら他の郵便物を仕分け、封筒だけ自分の部屋に持ち帰って
文面や紙の特徴で検索をかけたけど何も引っかからない。
何かのキャンペーンに当たったわけではなさそうだ。

何かの悪戯にしてはいい封筒と紙だが……
これまで取引するうちにプライベートでも接点を持つようになった人たちの中で誰に相談しようか
そう考えて目を閉じて――あけたら"此処"にいた、という話。

説明を聞くうち、昔でいう神隠しはこういうものかもしれない、とか
ここでの時間と向こうの時間が同期しているなら早く帰らないと、とか考えているうちに
流し聞きにしてしまったところを後からHanacoに再度言われた。
親切だな。――じゃなくて
冒険者って設定じゃなくて本当にそういう、本の中でしか見たことないような人達がいて
人じゃないものたちもいて

どうせ失踪するなら、自分にだって説明できないのだから、公的な処理も難しいだろう。
それなら家族がそろったときやそれ以外でも
自分のことを心配されるたびに、それ以上の興味を煽るように
嘘や幻覚と言われてもどんな絵本よりも面白い話ができるように
この世界を、歩いてみようと思う。
幸い、食事や寝るところには困らなさそうだし。

そう言うわけで、俺……真上まがみシンヤは、このソラニワを歩くことにした。

――ので、万が一時間が同期していた場合、その間の締め切りや連絡は……
……これまできっちり守ってきた分、後から何とかしてもどうにかなるくらいの……なにかは……あってくれ……
 
 








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