Eno.482 ハル 東京の話 - はじまりの場所
—2024年 3月末、日本。
東京でこの年最初の桜の開花が観測された。
桜が満開だ。
今の住まいから駅まで歩く道のりには桜並木がある。
昨日の今日で十分咲きを迎え、地面に桜吹雪が降り積もった。
歩道橋を渡ると上側から桜を見渡す風景がよく見える。
道路を埋め尽くす花びらは多分、1週間もすればすべて排水溝に流れ出てしまうのだろう。
週末に予定しているお花見まではなんとか持って欲しい。そう念じる様に願いながら歩く。
(んふふ、お花見楽しみだな〜。持ち寄りの手作り弁当って事にしたし、みんな何作ってくるんだろ)
楽しみで頬が緩む。
今の勤め先の病院で、同僚同士で近所の公園に花見に行こうと話が出たのが少し前ことだった。
病院は──病院に限らず様々な職場では──人間関係が拗れやすい。
医師やキャリアの長い看護師の影響力が大きい場合、強い上下関係や権威的な圧力が生じる場面がある。
繁忙な業務の中で余裕も無いと更に状況が悪い。
看護をする側が病に臥せてしまうような話。
そんなのを学生時代から度々聞いていたので、腹を括ってある程度の心づもりで臨んでいた。
勤務先の大学病院は実際、覚悟していた政治的圧力が苛烈……でもあった一方で。
何とか同僚と助け合い、時々(しょっちゅう)ロッカールームで泣きべそをかき、病院を駆け回っている内に3年が過ぎた。
なんだかんだ日々を乗り越えられている。
これは存外に貴重な事なのかも知れない。
(大変な事もあるけど、国試頑張ってよかったなあ……)
(でもそろそろ新人教育とか出来るようにならなきゃ〜!! もう3年目だし……!)
先々の仕事が脳裏に過る。そろそろ独り立ちかと思うとまだ腰が引ける。
今出来る事に努めるために息を吸い込んで、吐いた。
ここで塞いでいては将来、いつか救急外来でやっていくなんてのは夢のまた夢である。
(……うん、よし。頑張るぞっ)
一人で拳を握る頭上を桜の花びらが飛んでいく。
早朝の街で、誰もいない歩道橋を歩いていた時の話だ。