Eno.733 木早 永心 この地での記録5 - はじまりの場所
幼い頃は幸せだった。
初めて剣を振ったのは何時の齢だったのか、気付けば己は剣を振う日々を過ごしていた。
父や兄、そして剣術道場の門下生と共に剣の修練をする日々は肉体的な苦しさは有ったが満ち足りていた。
無心に剣を振り、技術を学び、そして競う。
その繰り返しであったが、今日より明日、明日より明後日を…着実に上手くなり、強くなる日々が楽しかった。
父や兄の様な剣士にいずれなりたいと純粋に願えた。
己の剣才を己惚れる気はないが、早熟な人間だったとは思っている。
早熟故に剣の道に没頭し、周囲に眼をやることを学ばなかった。
剣の腕前だけが歪に成長した人間、それが幼い頃の自分だ。
そんな人間故に後年、家を出てからは随分と苦労したものである。
もう少しその歩みが遅ければ、何か変わった別の道も有り得たのではないか。
時折、そう思い返すこともある。
しかし、実際には己は自分の剣の才を頼りに、脇目を振ることなく剣の道に邁進した。
その結果、遠く遠く見えていた父や兄の背中に近づき、追い越す日はあまりにも早かった。
十の齢を数える頃、十五の兄に勝利した
我が家の先祖代々の剣術道場を引き継ぐのは基本的には家の長男である。
例外は、長男に人格的な問題が有った場合、長男が犯罪を起こした場合、そして…
『長男の剣術の器量が著しく劣る場合』例外的に長男以外の人間が道場を継ぐこともある。
世間的な評価を鑑みれば、兄は道場を継ぐに十分たる器量を持っていたのだが、兄と己を比較すれば残念ながら、己に劣っていたのは確かであろう。
父と兄、勿論母や妹もだが、皆善人であった。
そんな家族を嫌おう筈もない。
だが、次第に家での暮らしが苦しくなってしまった。
己が兄を蹴落とし、道場を継ぐか…それとも、兄を立て、身を細めながら一生を剣術道場の門下生として生きるか。
そのどちらかしか無い、そんな将来が迫ってくる圧迫感に圧し潰されそうになり、家を出ては近くの寺の境内で木刀を振っていた。
その寺の和尚は、若い時分は国々を旅した探索者だったという。
子ども向けの怪談や御伽噺をよくしてくれたので、人見知りだった己が珍しく気軽に尋ねられた人物である。
…物理的に剣を振る様な敷地があったというのも大きな理由ではあるが。
「栄心殿はもう少し、人生幸せに楽しく生きても良いのではないかの。」
仏頂面で只管剣を振っていた己を見かねたのだろう、ある時和尚が話しかけてきた。
初めて剣を振ったのは何時の齢だったのか、気付けば己は剣を振う日々を過ごしていた。
父や兄、そして剣術道場の門下生と共に剣の修練をする日々は肉体的な苦しさは有ったが満ち足りていた。
無心に剣を振り、技術を学び、そして競う。
その繰り返しであったが、今日より明日、明日より明後日を…着実に上手くなり、強くなる日々が楽しかった。
父や兄の様な剣士にいずれなりたいと純粋に願えた。
己の剣才を己惚れる気はないが、早熟な人間だったとは思っている。
早熟故に剣の道に没頭し、周囲に眼をやることを学ばなかった。
剣の腕前だけが歪に成長した人間、それが幼い頃の自分だ。
そんな人間故に後年、家を出てからは随分と苦労したものである。
もう少しその歩みが遅ければ、何か変わった別の道も有り得たのではないか。
時折、そう思い返すこともある。
しかし、実際には己は自分の剣の才を頼りに、脇目を振ることなく剣の道に邁進した。
その結果、遠く遠く見えていた父や兄の背中に近づき、追い越す日はあまりにも早かった。
十の齢を数える頃、十五の兄に勝利した
我が家の先祖代々の剣術道場を引き継ぐのは基本的には家の長男である。
例外は、長男に人格的な問題が有った場合、長男が犯罪を起こした場合、そして…
『長男の剣術の器量が著しく劣る場合』例外的に長男以外の人間が道場を継ぐこともある。
世間的な評価を鑑みれば、兄は道場を継ぐに十分たる器量を持っていたのだが、兄と己を比較すれば残念ながら、己に劣っていたのは確かであろう。
父と兄、勿論母や妹もだが、皆善人であった。
そんな家族を嫌おう筈もない。
だが、次第に家での暮らしが苦しくなってしまった。
己が兄を蹴落とし、道場を継ぐか…それとも、兄を立て、身を細めながら一生を剣術道場の門下生として生きるか。
そのどちらかしか無い、そんな将来が迫ってくる圧迫感に圧し潰されそうになり、家を出ては近くの寺の境内で木刀を振っていた。
その寺の和尚は、若い時分は国々を旅した探索者だったという。
子ども向けの怪談や御伽噺をよくしてくれたので、人見知りだった己が珍しく気軽に尋ねられた人物である。
…物理的に剣を振る様な敷地があったというのも大きな理由ではあるが。
「栄心殿はもう少し、人生幸せに楽しく生きても良いのではないかの。」
仏頂面で只管剣を振っていた己を見かねたのだろう、ある時和尚が話しかけてきた。