Eno.436 レイシー・ヌーン  いばらの塔にて - はじまりの場所

──なにかだいじなことをわすれている……。

 みどりのこゆびの少年─レイシーは鬱蒼とした夜の森のなか頬杖をついて、ひとり、思考の湖の中へ深く沈みこんでいた。
耳障りな声が聞こえる。思考の湖の中から、引き上げられる。

泥人形
…あぁ…ぁ…う、ぇあぁ…

レイシー
「…やかましい」


どちゃ、と粘着質な音を立てて泥人形は主人の足蹴によって土塊へと葬り去られた。
泥人形は土塊になった拍子にぴしゃっ、と泥飛沫を飛ばした。泥飛沫の汚れをどけるように服を軽く叩く。
 ふと、己の、右手が視界に入った。



 魔力の高まりとともにレイシーの指の緑色が、手全体に染まるようにして広まっている。

レイシーはこの島に来た時よりも確実に、着実に魔法使いとして成長していた。

けれど、力が強まることを実感すると同時に、みどりのばらの足元に泥人形が現れる頻度が多くなっている事を
 レイシーはその身に思い知らされていた。

 太陽と月。光と闇。美しさと醜さ。善と悪。作用と副作用。

物事には何事にも裏表があるものだ。レイシーの魔法も、例に漏れなかった。

魔法でばらたちの数を増やすたびに、ばらの足元で泥人形が不定形な形を成して湧いてくる。
 その度にレイシーの胸の中の違和感が大きくなっていく。

──なにかだいじなことをわすれている……。

他者と話すほど、この島においての力が強まるほど、その違和感は大きく強く、その蠢きを増していく。
レイシーは違和感の正体を掴みあぐねていた。
ばら達は主人の異変を目ざとく、いち早く察知して、慰めるように主人へ語りかける。

ばらたち
レイシー レイシー どうした どうした どうしたの

レイシー
「……なにかだいじなことを、わすれてる気がするんだ……。」

ばらたち
ごしゅじんさま ごしゅじんさまのおつかい おつかいよりだいじ だいじなこと?

レイシー
「…わからない…」


今はただただ感じる。

──なにかだいじなことをわすれている……、と。








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