Eno.29 竹翔 降り頻る雨の下にて - はじまりの場所

気持ち良く昼寝をしていた兎は、
ぽつんと鼻先をつつかれ、はっと目を覚ましました。
辺りの葉という葉に雫が弾み、どしゃぶりの雨となったのです。
慌てて低木に飛び込み一息つくと
目の前の葉がかさりと揺れ、熟れた実のような赤い点が覗きました。
それは、小さなてんとう虫に御座りました。
「あなたも雨宿り?」
「ええ、のんびり昼寝をしていたらこのとおりで」
兎とてんとう虫は、
雨が上がるまでの退屈凌ぎにと言葉を交わします。
「呑気なのね、兎のくせに」
「この季節は追い立てられてばかりで疲れてしまいますので
やっと休めたところに御座りました」
「それはオオカミ? それともタカ?」
「いいえ、兎に御座りまする」
「ああ。知っているわ、番う季節というやつね」
「ようご存じですね」
「この森のことは長く見ているから、詳しいのよ」
虫の言う『長い』などたかが知れようと兎は首を傾げましたが、
きっとこのてんとう虫は、晩年の虫なのだろうと思いました。
それなら一層良き思い出になれば良いと、話は弾むのでした。