Eno.733 木早 永心 この地での記録4 - はじまりの場所
眼を覚ますと、其処は大きな屋敷の豪勢な座敷の部屋だった。
妙に懐かしい風景だ。
…いや、懐かしい? それは何かの勘違いであろう。
ここは俺が最近寝泊まりしている屋敷の一室。
どうやら座したまま壁に寄りかかり寝てしまっていたようだ。
俺はどうにも酒には弱い、空になった徳利が周囲に転がっているが、何故好きでもない酒をこうも飲んだのやら。
ズキズキと痛む頭を押さえ周囲を見渡せば、俺の雇い主である男が下卑た笑みを浮かべ、一人の男と談笑していた。
相手は奉行所のお偉い方だったと思うが、どうにも好きになれん男だ。
口を開けば銭、銭、銭と煩い。
よくもこんな男が役人として勤めを果たせるものだ。
そう思ったものの、所詮俺は雇われ者の剣客。
さして関わることもないのだが。
「ふふふ、それでは尾井椎屋よ。
今月の献上金の方は期待して良いのだろうな?」
「それはもう、独竹様のおかげで今月も稼がせて頂きました。
これが今月の山吹色の饅頭でございます。
これからも宜しくお願いします。」
俺の雇い主である尾井椎屋の主が、黒い箱を目の前の独竹に差し出す。
中には饅頭が入っているが、箱の底には小判が詰まっている。
(何故に毎回あんな無駄な渡し方をするのだろうか?)
一介の剣客風情には分からぬ謎の流儀が有るのだろうなと、納得する。
その時だ、庭の方から障子を破って何かが部屋に投げ入れられた。
慌てふためく独竹に尾井椎。
「…これは鉄扇か、何やら文字がかかれておる。
正義、だと?」
俺は転がったモノを拾い上げ、扇に書かれた文字を読み上げる。
正義
「お、おのれ…何奴だ!?」
独竹が狼狽えながらも、鉄扇が投げ入れられた方に声を投げた。
すると暗闇の中から一人の男の影が浮かび上がった。
「独竹よ、その方は奉行所勤めの役人でありながら、私利私欲のために尾井椎屋と結託し…
町中で販売されるお菓子『キノコの里』を全て『タケノコの里』に変えたな。
そして長年に渡る、キノコ・タケノコ論争に歪な影響を与え、町中を混乱に陥れた。
その罪許しがたい。
大人しく縄につくが良い。」
闇の中に浮かび上がった男には見覚えがある。
最近、幾度か尾井椎の手下が奴に倒されたのだ。
尾井椎も男の正体に気づき声を上げた。
「貴様は確か…徳山 新ノ助!
な、何故ここに…いや、な…何の心算だ!」
「なにぃ、徳山 新ノ助だとぉ?
この独竹様が奉行所のお偉い役人様だと知ってのその所業か。
貴様の方こそ、すぐにひっ捕らえてくれるわ。
者どもであえぇ、であえぇい!」
独竹の声に屋敷中から雇われた男たちが集まる。
俺もまた雇われの身だ、腰を上げ庭に向かう。
「独竹よ、其の方…余の顔を見忘れたか?」
周囲を囲まれた徳山が不意に思いがけぬ言葉を発した。
「余だとぉ…?
貴様、何のつも……ん? んん?」
みるみる内に独竹の顔色が青くなり震え出した。
そして…
「う、上様ぁぁあああッ!?」
絶叫と共にその場に土下座する独竹。
あまりの急展開に流石の俺も頭が回らない。
上様? 上様だと??
独竹の命令で一斉に地に伏す俺たち。
どうやら、信じがたいことだが…目の前の男は、この国の将軍様らしい。
馬鹿な!?
これは俺の人生も詰んだか、そう覚悟していると独竹が笑い出した。
「はは、はははは!
上様が…上様がこの様な場所に居られるわけがない!
こ奴は偽物だ! 者ども、上様を騙る偽者を斬り捨てぃぃ!!」
(…俺達は上様の顔を知らんしなぁ。
そして確かに、上様がこんな場所に一人で現れるのはおかしい。
いや、しかし…真実だったら剣を向けるなど…。)
悩んでいると、尾井椎が立ち上がり俺に向かって言い放った。
「せ、先生…やってしまってくだせぇ!」
(くそ、ちょっとくらい悩めよ。
お前の方こそ商売人なんだから、理性的にならないと駄目だろ。
もし本物だったら、終わるぞ!?)
内心毒づきながらも、俺は哀しい雇われの身である。
澄ました顔で剣を持ち、徳山…上様?の前に立ち塞がる。
「俺の名は、木早 栄心。
お主が上様なのか…それとも偽者なのかは知らぬが
雇い主の命には逆らえんのでな。」
刀を抜き放つ。
対峙してみれば、すぐに目の前の男の力量が感じられた。
化け物ォォォォォォ!?
上様だとか偽者だとか、そんなことが些事になるくらいの怪物である。
恐らくは優に5千を軽く超える数の者を斬ってきた…そんな確かな威圧感が有る。
この太平の世においてそれだけの死線を潜り抜けた人間が居るのだろうか?
「う、上様と剣を交えるは…剣客の誉れぞっ」
俺は眼帯を外し、一気に飛び掛かる。
開いた両眼には確かに見えた。
死神の姿が…。
…
……
………
酷い頭痛と共に目が覚めた。
慌てて周囲を見渡せば、薄暗い森の中。
どっと冷たい汗が背を伝う。
「ゆ、夢か……。」
死神にこの身を断ち切られる瞬間が夢だったことに安堵し、大きな息を吐いた。
酷い悪夢である。
自身を落ち着かせようと、起き上がり水を飲む。
消えかけた焚火の近くには、夕餉に食したキノコが一つ転がっていた。
「もしや、このキノコは…毒キノコであったか?」
見慣れぬキノコであったが、やたらと美味しく、島の探索者の幾人もが絶賛して食していたので油断したが…。
どうやら、毒キノコの類の様だ。
「しまったな…飴屋殿にも送ってしまった。」
あまりにも美味いキノコだったので、世話になってる友人にもお裾分けをしてしまった。
急ぎ手紙をしたため、送ったキノコは毒キノコ故、口にせぬようにと詫びの言葉と共に書き記す。
後は、飴屋殿がキノコを食していないことを祈るばかりであった。
妙に懐かしい風景だ。
…いや、懐かしい? それは何かの勘違いであろう。
ここは俺が最近寝泊まりしている屋敷の一室。
どうやら座したまま壁に寄りかかり寝てしまっていたようだ。
俺はどうにも酒には弱い、空になった徳利が周囲に転がっているが、何故好きでもない酒をこうも飲んだのやら。
ズキズキと痛む頭を押さえ周囲を見渡せば、俺の雇い主である男が下卑た笑みを浮かべ、一人の男と談笑していた。
相手は奉行所のお偉い方だったと思うが、どうにも好きになれん男だ。
口を開けば銭、銭、銭と煩い。
よくもこんな男が役人として勤めを果たせるものだ。
そう思ったものの、所詮俺は雇われ者の剣客。
さして関わることもないのだが。
「ふふふ、それでは尾井椎屋よ。
今月の献上金の方は期待して良いのだろうな?」
「それはもう、独竹様のおかげで今月も稼がせて頂きました。
これが今月の山吹色の饅頭でございます。
これからも宜しくお願いします。」
俺の雇い主である尾井椎屋の主が、黒い箱を目の前の独竹に差し出す。
中には饅頭が入っているが、箱の底には小判が詰まっている。
(何故に毎回あんな無駄な渡し方をするのだろうか?)
一介の剣客風情には分からぬ謎の流儀が有るのだろうなと、納得する。
その時だ、庭の方から障子を破って何かが部屋に投げ入れられた。
慌てふためく独竹に尾井椎。
「…これは鉄扇か、何やら文字がかかれておる。
正義、だと?」
俺は転がったモノを拾い上げ、扇に書かれた文字を読み上げる。
正義
「お、おのれ…何奴だ!?」
独竹が狼狽えながらも、鉄扇が投げ入れられた方に声を投げた。
すると暗闇の中から一人の男の影が浮かび上がった。
「独竹よ、その方は奉行所勤めの役人でありながら、私利私欲のために尾井椎屋と結託し…
町中で販売されるお菓子『キノコの里』を全て『タケノコの里』に変えたな。
そして長年に渡る、キノコ・タケノコ論争に歪な影響を与え、町中を混乱に陥れた。
その罪許しがたい。
大人しく縄につくが良い。」
闇の中に浮かび上がった男には見覚えがある。
最近、幾度か尾井椎の手下が奴に倒されたのだ。
尾井椎も男の正体に気づき声を上げた。
「貴様は確か…徳山 新ノ助!
な、何故ここに…いや、な…何の心算だ!」
「なにぃ、徳山 新ノ助だとぉ?
この独竹様が奉行所のお偉い役人様だと知ってのその所業か。
貴様の方こそ、すぐにひっ捕らえてくれるわ。
者どもであえぇ、であえぇい!」
独竹の声に屋敷中から雇われた男たちが集まる。
俺もまた雇われの身だ、腰を上げ庭に向かう。
「独竹よ、其の方…余の顔を見忘れたか?」
周囲を囲まれた徳山が不意に思いがけぬ言葉を発した。
「余だとぉ…?
貴様、何のつも……ん? んん?」
みるみる内に独竹の顔色が青くなり震え出した。
そして…
「う、上様ぁぁあああッ!?」
絶叫と共にその場に土下座する独竹。
あまりの急展開に流石の俺も頭が回らない。
上様? 上様だと??
独竹の命令で一斉に地に伏す俺たち。
どうやら、信じがたいことだが…目の前の男は、この国の将軍様らしい。
馬鹿な!?
これは俺の人生も詰んだか、そう覚悟していると独竹が笑い出した。
「はは、はははは!
上様が…上様がこの様な場所に居られるわけがない!
こ奴は偽物だ! 者ども、上様を騙る偽者を斬り捨てぃぃ!!」
(…俺達は上様の顔を知らんしなぁ。
そして確かに、上様がこんな場所に一人で現れるのはおかしい。
いや、しかし…真実だったら剣を向けるなど…。)
悩んでいると、尾井椎が立ち上がり俺に向かって言い放った。
「せ、先生…やってしまってくだせぇ!」
(くそ、ちょっとくらい悩めよ。
お前の方こそ商売人なんだから、理性的にならないと駄目だろ。
もし本物だったら、終わるぞ!?)
内心毒づきながらも、俺は哀しい雇われの身である。
澄ました顔で剣を持ち、徳山…上様?の前に立ち塞がる。
「俺の名は、木早 栄心。
お主が上様なのか…それとも偽者なのかは知らぬが
雇い主の命には逆らえんのでな。」
刀を抜き放つ。
対峙してみれば、すぐに目の前の男の力量が感じられた。
化け物ォォォォォォ!?
上様だとか偽者だとか、そんなことが些事になるくらいの怪物である。
恐らくは優に5千を軽く超える数の者を斬ってきた…そんな確かな威圧感が有る。
この太平の世においてそれだけの死線を潜り抜けた人間が居るのだろうか?
「う、上様と剣を交えるは…剣客の誉れぞっ」
俺は眼帯を外し、一気に飛び掛かる。
開いた両眼には確かに見えた。
死神の姿が…。
…
……
………
酷い頭痛と共に目が覚めた。
慌てて周囲を見渡せば、薄暗い森の中。
どっと冷たい汗が背を伝う。
「ゆ、夢か……。」
死神にこの身を断ち切られる瞬間が夢だったことに安堵し、大きな息を吐いた。
酷い悪夢である。
自身を落ち着かせようと、起き上がり水を飲む。
消えかけた焚火の近くには、夕餉に食したキノコが一つ転がっていた。
「もしや、このキノコは…毒キノコであったか?」
見慣れぬキノコであったが、やたらと美味しく、島の探索者の幾人もが絶賛して食していたので油断したが…。
どうやら、毒キノコの類の様だ。
「しまったな…飴屋殿にも送ってしまった。」
あまりにも美味いキノコだったので、世話になってる友人にもお裾分けをしてしまった。
急ぎ手紙をしたため、送ったキノコは毒キノコ故、口にせぬようにと詫びの言葉と共に書き記す。
後は、飴屋殿がキノコを食していないことを祈るばかりであった。