Eno.1 椋 京介 はなのきもち - はじまりの場所
誰かにとっての妨害は、
また別の誰かにとっての援助である。
同じ攻撃という行為でも、
その周りのものの関係性によって意味は大きく変わる。
何かを攻め落とさんとするもの、
何かを守らんとするもの、
何かを防がんとするもの、
何かを救わんとするもの。
それは、攻撃する者や攻撃を受けるものだけではなく、
もっと広く、周りのものの関係性から浮かび上がる。
情勢、地理、技術、気候、風土、信仰、利潤。
様々なものが絡み合い、その上で見えてくるものだ。
何かを守るために戦っているように見えて、
実は何かから利潤を得るために戦っているだけかもしれない。
何かを殺めんとするために戦っているように見えて、
実は互いを活かすために戦っているだけかもしれない。
何かを救わんとするために戦っているように見えて、
実は共に滅びるために戦っているだけかもしれない。

京介
「...マジャ。」
「...マジャ。」

京介
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
毒棘をその身に宿す君は。」
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
毒棘をその身に宿す君は。」

京介
「君はとても優しい花なのだろうか。
毒棘をその身に宿す程に。」
「君はとても優しい花なのだろうか。
毒棘をその身に宿す程に。」

京介
「君は...誰かが持たなければならなかったその毒棘を、
喜んで持ったのだろうか。」
「君は...誰かが持たなければならなかったその毒棘を、
喜んで持ったのだろうか。」

京介
「...僕はわからない。
それでも僕は...」
「...僕はわからない。
それでも僕は...」

京介
「君のその優しさが、本物であればいいと思う。」
「君のその優しさが、本物であればいいと思う。」
誰かにとっての嫌われ者は、
また別の誰かによっての優しき者である。
それは自分がそう思えばそうなるものではなく、
それは相手がそう思えばそうなるものでもなく、
ただ、回りゆく世の中から浮かび上がるものなのだろう。
Fno.9 マジャ
「……おや、マジャを見つけたのかい?」
そう言ったのは、街の外れに住む薬師――カリオという怪しい風貌の男だった。
彼は旅人の手元をちらりと見て、にやりと笑った。
「見た目はちっぽけで、赤紫の花もどこか頼りなさげだろう?
だがな、この花は邪魔をすることにかけちゃ一流なんだ。
畑に勝手に生えれば作物の根を締め上げるし、
触れば細い棘で手を傷つける。しかもほんのり毒を持ってるから、治りが悪い。
……いやはや、まったく嫌な花だ」
カリオはそこで一度言葉を切り、指先で棘をそっとつまみ上げた。
「だが、考えてもみろ。世の中には“妨害”こそが必要な場面もある。
悪人が作物を盗もうとすれば、マジャが茂って行く手を阻む。
兵士が無理やり進軍すれば、この花畑ひとつで足止めを食らう。
――おかげで何度、余計な流血が防がれたことか」
男は花をくるりと回し、棘のきらめきを光に透かした。
「結局のところ、この花は狙っているのさ。
自分よりも欲深い愚か者を、自分よりも土地を荒げる乱暴な者を。
“妨害”なんて呼ばれているが、裏を返せば――それもまた誰かを救っているのかもしれない」
そう言うとカリオは、不意に声をひそめて笑った。
「おっと……無駄話が過ぎてしまったな。俺は忙しい。
マジャの観察は構わないが俺の邪魔はあんまりするなよ。もし邪魔しようってんなら……
――そのときゃ、マジャの毒よりよっぽど厄介な目に遭うだろうよ」