Eno.125 図書塔の眠り魔女  4節 噂話は、どこから? - はじまりの場所

眠り魔女の噂

眠り魔女に会うと記憶を消される
司書の名前を呼ばないのは、記憶を奪っているから


……正直、誇張されきった怪談だ。



4節 噂話はどこから?



役人と魔術師達がいなくなった後、報告書の作成を魔女様と始める。

大変眠そうな魔女様だが、こういうところはちゃんとやるし、間違うことは滅多にない。

……ふと、私は思い出す。

記憶に関する話を魔術師達がしていたことを。

『魔女に関わると記憶が欠落するという噂話があるが…』
『それは迷信だ。現にそれならばこうして出会いに来ることがリスクだ』
『だがあまりにも彼女についての文献が少なすぎる。』


……こうもなっていれば噂話が怪談のようにでてくるのも自然なことか。
ではなぜそんなに文献が少ないのか、私は疑問に思う。
聞くべきではないのかもしれない、と思った。


眼の前には当人。


好奇心は抑えられない。私は恐る恐る、口を開いた。


魔女様。

「……ん?」

ちらりと顔を上げて私を見つめてくる。指で目尻をこすりながら、欠伸を噛み殺していて、眠たげだ。

「魔女様が記憶を奪うと巷で言われていることなんですが……」

「ああ、昔からある迷信ね。……別に気にしてもいないけど……」

「いえ、その根拠として魔女様が書かれた文献が少ないという話がありまして、不自然だな、と。」

「……そういうこと。噂のほんとの出どころがきになるから、いっそ当人に聞いてしまおうと考えたのね?」

魔女様は少しだけにやりと笑う。

「そんなところです。」

「大した好奇心してるじゃない、素敵だけど気をつけたほうがいいわね。あまり強いとろくな目にあわないわよ。」

くすくすと笑い飛ばしてから、魔女様は語り始める。

「答えは簡単よ、結局その書かれた物がここに納められてるからよ。」

「……はい?」

「いまや不思議だといって学者ですらめったに近寄らないこの図書塔……そこに納められてるのでは調べようがないという意味よ。」
「だからもっと強い好奇心と熱心さを持った人が暴かない限り、眠りの魔女の噂は噂のまま……」

椅子に腰掛けたまま、指先だけを魔女様は振る。

「それに、私自身のわがままを叶えてもらっているということもあるわ。」

「わがまま…ですか。」

「私はね、忘れたくないのよ。」

「忘れたくない…。」

「そ、今までの出会い……全部残しておきたいのよ。だからその今までの出会いの証としてそういったものは全部手の届くところ…つまりここに入れておいてもらってるの。」

「……」

長年生きているならば覚えていられることにも限界はあるだろうにいくら本に残していても……

「魔女様、それでも限界は…」

「ええ、あるわね、起きているならば。……その事に気づいたからこそ、私はこうしてよく寝るのよ?」

「……。」

眠りの魔女が眠りたる所以。 それは寝かせるような、眠りを誘うような魔術ではない。

「過ぎていってしまった者たちを忘れてしまったら、本当に覚えているものはいなくなる…それが百年、二百年、もっと前ならなおさら。」
「名のある者ならいずれ伝説になるわ、私の知る者もそうなった者がいるわね。でも……」


「それはもう、その子じゃないの。」


そう語る魔女様の顔はひどく寂しそうで。

「あらゆる尾ひれのついた話、そこにはその子だったら言わない、やらないような事が当然含まれている。」
「だから当時を知る私しか、本当の意味で覚えていられる者はいないのよ。」

「それに……」

「大切なことを忘れてしまったら、私は孤独になってしまうわ。」

「だから、夢を見るのよ。皆を忘れないために、皆に会いたいために。」

その声音は優しいのに、どこか切なく、胸に残る。



記憶を、いた証を自らに刻みつけて覚えている。
魔女様はそう言っていると、自分は思った。

でも一つ、腑に落ちないことがある。

「魔女様、でしたら魔女様自身のことは……」

「それはいいのよ、こうして生きていれば……私は居続けるから。」

「……。」

居続ける、そう魔女様は言うが。



本当の名前すら、魔女様はもう思い出せないと昔言っていた。


自分を覚えている者はいない、だが他人を覚えている者もいない。


なら自分だけでも他人を覚えていなければならない。


そんな魔女様の生き方が、私には美しくもとても怖く思えた。








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