Eno.20 花屋の少女  #1 -約束は、たった13本の赤いばら - はじまりの場所

軈て人が至る先が死であるならば、其を失った存在は、何だ。

人が或る式で表されるならば、其を失った存在は、何だ。

過ぎた自惚れで自己を慰める日々に飽き飽きて、或る人間はかつて、人の道を踏み外した。
世界線の泡は其のエントロピー増大を認めて、大きく膨れ上がった。
世界にとって、宇宙にとって、あらゆる神々にとって。予想外の事だった。

大き過ぎる熱量は世界に拒絶される、当然である。
故郷を失い彷徨った。身体が情報を失う。勿論。式を喪う事はそれに等しい。




「…だが、は何にでもなれる。」



「喪失するとは、そういうことなんだ。」



「これでやっと、枠が空いたな」





彷徨った──といえど、中でもストロールグリーンの地は実に好い。派手なフィナーレは元より、戦火のなかで命を費やす事は、又。
総て失って、其処らにくたばる命のひとつ。植えた心臓も眼球も鼓膜も、全部。返して見せたいと思った。
大きく広がる空、大空の神は死んで久しい。
うんと芳しい花々、花の悪魔はかつて伴侶と添い遂げ、死を選んだ。
ここには、俺に無いものばかり。
この目でこそ見た事は無いけれど、天の国があるならば、斯様な有様なのだろう。

あの男の匂いはしない。
虱潰しに物どもを潰したとて、ならば俺は獣と何が違う。其は十全ではない。奪い合いの中でのみ、命はやり取りされるべきだ。其は己が美学に反する。薄汚い獣風情に成り下がったわけでもあるまい、悪魔といえど角など無い。
俺の目的は、この身で果たすには、時間が足りない。


あの男がこの地を踏んでいないなら。
まだこの地を選んでいないなら。

俺達の終幕にお似合いなのはこの地この場所だ。
俺達の別離に相応しいのは、出会ったあの時のような、風吹きわたる花とりどりの丘。



魂の座はひとつ。
身體はそれ以上を選べない。





「天の国は遠いのね」



「わたしが迎えに来て、って言ったら…迎えに来てくれる?」


それとも、悪魔は天国には行かないと?…ふふ、約束ね。


          #1 -約束は、たった13本の赤いばら








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