Eno.386 福平 双汰 4 - はじまりの場所
【本日誌には不穏/反倫理が含まれます】
人を殺したことがある。
そう言ってみると、そいつはケタケタと気色悪い笑い方をした。
一回、死にかけたことがある。
まだランドセルも背負ったばかりの、何年生の雑誌付録を与えられるような年頃。
その頃はまだ家庭内は普通な方で、少し執着しがちな母を除けば溺愛されていたと思う。
それでも消えない余所余所しさと見張られている感覚は充分なぐらい残っていて、
川岸に火をおこす大人たちを見ながら、ここから消えてしまいたい、なんて考えていた。
僕が転んで石に頭を打ち付けたりしたとしたら、どうなるんだろうか?
目を離した隙に子供がいなくなったら、あの二人はどうするんだろう?
誰もが踏まない一線の区切りを、どうしても踏んで壊してしまいたくて仕方がなかった。
だからその時は躊躇わなかった。わざと深いところへ潜り込んで、そのまま足を浮かせて、
途端掬い上げられるように自由がきかなくなった瞬間になって、後悔が浮かんだ。
『けれども死ななかった!それは何故か?』
『私が
――
それは自分を『門番』だと言って、お前は通るのだと言った。
死んだものは皆通る。しかしお前は面白い、二度も通る人間はそう居やしない咎人だ。
『一度目は生贄をやってのうのうと無事に還れたものを。
二度を救ってくれる贄は、ついにお主のところには現れなんだ』
とても愉快そうに甲高く笑う鬼は、尖った牙を涎で濡らし、楽しそうにしながらこちらを指差す。
幼心に恐怖は備わっていなかった。僕はそういうことを考える所が欠落していた。
皆が叫ぶことが理解できなくて、鬼が言うことを理解できた。
自分に罪があると言われたことも、すぐに納得がいったものだ。だから誰もが距離をとるのだと。
『おまえはさんざ壊れておるのう、腹からぽとりと落ちた時にろくすっぽ聞かんでおるからじゃ。
そうやってたまに変なもんが落っこちて転がってくるんじゃ』
『お主の魂を半分ここで貰おう。もう一度死んだら、その時は残りも私のもの。
そうなったら、お前は永遠に私の玩具となる。それまで、ずっと見ておるぞ』
あれからというもの、水の中にいる夢を見る。
大概その時には、隣で青い火がケタケタと笑っているものだ。
空っぽなまま低い笑い声だけが耳に残って目が醒める。

**
「人殺し、人殺し。おまえは賽の河原にもゆけぬ死神よ」
「人殺し、人殺し。おまえは賽の河原にもゆけぬ死神よ」