Eno.361 ウララ/浅海/子犬 九月某日、里帰り後の話 - はじまりの場所
【attention!】
※当日記には不穏な要素、ショッキングな描写、死臭などが含まれます※
雨の止まぬ街、レイニーデイ。
今日は傘祭りの日だった。
一年中雨季と言って差支えが無いこの街では、毎年季節の流行りに乗っ取った祭りが開かれる。
様々なデザインの傘が街並みを飾られ、街を花束のようにする祭りだ。
そんな日に、彼女は結婚するという。
貯めていた小遣いを全てはたいて、大きな花束を買い込んだ。
並ぶ色鮮やかな傘の群れにも負けないような、とっておきの花束だ。
そうして、家へとたどり着く。
シンプルな二人暮らしの部屋。
鍵を差し込んで回して、玄関へと飛び込んだ。
世界一素晴らしい花と祝福を、彼女へと送る為に。
彼女は自分の名と同じ花を好んでいた。
だから、今日の花束は向日葵が主役。
彼女の名前を呼んだ。
隣に跪く。ただ膝から力が抜けただけだった。
中身が出ていたから、返事はなかった。
内側に満ちているはずのものが、全部。
まるで部屋の中に赤い花が咲いているみたい。
そんなの目に入らなかった。
本当は逃げなきゃいけなかった。
だってそうでしょう?
大事にされていたんだもの。
そうするべきだったんだ。
でも、最後に考えていた事は、
そんな事だったんだよ。
そうして。
そうして?
そうして…………。
ここから先は、思い出したくない。
ざっ、ざっ。
ざっ、ざっ。
ざっ、ざっ。
ざっ、ざっ。
ざっ……。
酷い悪夢を見て苦しんだ気がするのに、起きたら何も覚えていない。
目を覚ました時、そんな心地だった。
瞼を開けた途端、ざりりと何かが擦れた。
何かが目の中に流れ込んで、ごろごろとした違和感を生む。
出した声は妙にくぐもって、舌には泥臭い味がした。
何が起こったのか分からなかった。
身を捩ろうとして、ろくに身動きが取れない事に気付く。
目の前は真っ暗で、周囲は湿っていた。
口の中にもじゃりじゃりとした感触がある。
喉までいがらっぽくて、何度も咳き込んだ。
怖い。動けない。何がどうなっているのか分からない。
指先が何度も地面を、地面? 地面なのか?
何故だか、自分の身体は四方八方囲まれているようだった。
どうしてだか分からない。
混乱と恐怖のままに、指先で何度も周囲を引っ掻く。
がりがり、がりがり、がりがり。
じんと鈍い痛みが走って、自分の指の先が剥がれた感覚を知る。
どれだけそうしていただろうか。
ようやく、肌が外気に触れた。
土の下から這い出る。
そうだ、自分は埋められていたんだった。
何があったのか を思い出した。
ただ茫然としていた。
世界が終わった 衝撃が、すっかり心を砕いたようだった。
ただ茫然としていた。
失ったもの を思って、どうしよう、と思っていた。
ただ茫然としていた。
守れなくなった約束 の数に、ただ竦んでいた。
命がこんなに急になくなるなんて、知らなかった。
今日も天気は雨だった。
森の鬱蒼とした葉を通り抜ける雨粒が、土塗れの身体を洗う。
目から流れるのが涙なんだか、雨なんだか、興味もなかった。
合わせる顔がないと思った。
貰った分だけ申し訳なく思った。
愛されていたはずのものを、取り返しがつかない形で壊してしまった。
一番大事にしていたはずの人を、置いていったからこんな事になったのかな。
自分の中でどんな感情が育っていったって構わずに、ずっと姉の傍に居れば、死なせずに済んだのか。
そんな事を考えては、何の言葉も出なくなっていく。
どうしたら良いか分からなかった。
しとどに濡れたワンピースのポケットの中。
心細げに裾を握った指が、何かを探り当てる。
それは招待状だった。
何もかも壊れてなくなった。
世界 は殺された。自分は死んだ。
合わせる顔もないのに、どうしても無性に会いたかった。
招待状を、開いた。
※当日記には不穏な要素、ショッキングな描写、死臭などが含まれます※
世界が終わった日
雨の止まぬ街、レイニーデイ。
今日は傘祭りの日だった。
一年中雨季と言って差支えが無いこの街では、毎年季節の流行りに乗っ取った祭りが開かれる。
様々なデザインの傘が街並みを飾られ、街を花束のようにする祭りだ。
そんな日に、彼女は結婚するという。
貯めていた小遣いを全てはたいて、大きな花束を買い込んだ。
並ぶ色鮮やかな傘の群れにも負けないような、とっておきの花束だ。
そうして、家へとたどり着く。
シンプルな二人暮らしの部屋。
鍵を差し込んで回して、玄関へと飛び込んだ。
世界一素晴らしい花と祝福を、彼女へと送る為に。

動かない
「………………」
「………………」

子犬
「え?」
「え?」

死んでいる
「………………」
「………………」

子犬
「…………向日葵?」
「…………向日葵?」
彼女は自分の名と同じ花を好んでいた。
だから、今日の花束は向日葵が主役。

子犬
「向日葵」
「向日葵」
彼女の名前を呼んだ。
隣に跪く。ただ膝から力が抜けただけだった。
中身が出ていたから、返事はなかった。
内側に満ちているはずのものが、全部。
まるで部屋の中に赤い花が咲いているみたい。

男が居た
「………………」
「………………」

こちらを見ている
「………………」
「………………」
そんなの目に入らなかった。
本当は逃げなきゃいけなかった。
だってそうでしょう?
大事にされていたんだもの。
そうするべきだったんだ。
でも、最後に考えていた事は、

子犬
「(世界が終わったのに、どうしてぼくは生きているんだろう)」
「(世界が終わったのに、どうしてぼくは生きているんだろう)」
そんな事だったんだよ。
そうして。
そうして?
そうして…………。
ここから先は、思い出したくない。
ざっ、ざっ。

土がかけられていく
「………………」
「………………」
ざっ、ざっ。

幕が下りていく
「………………」
「………………」
ざっ、ざっ。

息が苦しかった
「………………」
「………………」
ざっ、ざっ。

視界が暗く染まる
「………………」
「………………」
ざっ……。

最後には、漆黒
「………………」
「………………」
Birth day
酷い悪夢を見て苦しんだ気がするのに、起きたら何も覚えていない。
目を覚ました時、そんな心地だった。

再び幕が上がる
「いたっ……」
「いたっ……」
瞼を開けた途端、ざりりと何かが擦れた。
何かが目の中に流れ込んで、ごろごろとした違和感を生む。
出した声は妙にくぐもって、舌には泥臭い味がした。

死に損ないの命が続く
「う、ぁ」
「う、ぁ」
何が起こったのか分からなかった。
身を捩ろうとして、ろくに身動きが取れない事に気付く。
目の前は真っ暗で、周囲は湿っていた。

何もかもが途切れず
「けほっ、ぅ゛、ごほっ」
「けほっ、ぅ゛、ごほっ」
口の中にもじゃりじゃりとした感触がある。
喉までいがらっぽくて、何度も咳き込んだ。
怖い。動けない。何がどうなっているのか分からない。
指先が何度も地面を、地面? 地面なのか?
何故だか、自分の身体は四方八方囲まれているようだった。
どうしてだか分からない。
混乱と恐怖のままに、指先で何度も周囲を引っ掻く。
がりがり、がりがり、がりがり。
じんと鈍い痛みが走って、自分の指の先が剥がれた感覚を知る。
どれだけそうしていただろうか。
ようやく、肌が外気に触れた。

連続性を保ったまま
「けほっ、けほ、は……」
「けほっ、けほ、は……」
土の下から這い出る。

ただその心臓は止まり
「ぁ…………」
「ぁ…………」
そうだ、自分は埋められていたんだった。

その少女はもう人ではない
「…………………………」
「…………………………」
Life goes on.
ただ茫然としていた。
ただ茫然としていた。
ただ茫然としていた。
命がこんなに急になくなるなんて、知らなかった。

子犬
「どうしよう」
「どうしよう」
今日も天気は雨だった。
森の鬱蒼とした葉を通り抜ける雨粒が、土塗れの身体を洗う。
目から流れるのが涙なんだか、雨なんだか、興味もなかった。

子犬
「どうしよう」
「どうしよう」

子犬
「大事にしてもらえてたのに」
「大事にしてもらえてたのに」

子犬
「どうしよう」
「どうしよう」
合わせる顔がないと思った。
貰った分だけ申し訳なく思った。
愛されていたはずのものを、取り返しがつかない形で壊してしまった。
一番大事にしていたはずの人を、置いていったからこんな事になったのかな。
自分の中でどんな感情が育っていったって構わずに、ずっと姉の傍に居れば、死なせずに済んだのか。
そんな事を考えては、何の言葉も出なくなっていく。
どうしたら良いか分からなかった。
しとどに濡れたワンピースのポケットの中。
心細げに裾を握った指が、何かを探り当てる。
それは招待状だった。

子犬
「…………」
「…………」

子犬
「はは……」
「はは……」
何もかも壊れてなくなった。
合わせる顔もないのに、どうしても無性に会いたかった。
招待状を、開いた。