Eno.274 *  淡い花 - はじまりの場所

褪せた髪は炎に舐められ、じゅうじゅうと音を立てて散った。
膚は黒く焦げ、脂が弾けるたびに異様な臭気が立ち込める。
虚空を彷徨う瞳は、目の前に群がる人々を映していない。


「ようやく終わる」
「これで平穏が戻る」

群衆の声は祈りにも呪詛にも似ていた。
それは苦痛の叫びを上げない。焼かれることを拒むのでも、許すのでもない。
火に焼かれることを、肉体が、意識が、すべて知覚できないかのよう。


「あれは灰に還った」
「神の慈悲だ」
「浄められた印だ」

やがて火は尽き、ただ灰だけが残された。
灰は降り積もり、雪のように辺りを覆う。

崩れた塊が寄り集まり、ひび割れ、砕けた欠片が糸のように繋がって、輪郭を描き始める。


 
……わ……たしは……じゃ、ない……


耳を澄まさねば聞き取れぬほど微かな音。

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

 
……、……じゃ……な……


繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

 
……た、す……て……


繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

 
……、……ぅ゛……ぅ……


繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

繰り返し、

 
…………………………


物言わなくなった人の形。
人々は喜色の声を挙げた。




灰の下から、小さな芽が覗く。煤を帯びた淡い芽。








<< 戻る << 各種行動画面に戻る