Eno.1 椋 京介 はなのきもち - はじまりの場所
躓いて、転んで、それでもなお立ち上がる。
全身から焼かれるような痛みが嘶いたとしても、
なにもかもを踏みにじられようとも。
僕達は身体が弱かった。できそこないだった。
歩くことも喋ることもままならなかった。
それでも僕達は生きた。
僕が生きたいと思ったつもりはなかった。
それでも僕達は生きた。
それは逆境を覆さんとする意志によるものなのか、
それとも、死にたくないという生存本能によるものなのか。
生きたいと思うことは意志なのだろうか。
死にたいと思うことは意志ではないのだろうか。
生存本能に生かされてしまうというのは、
僕の自由な意志が歪められてしまっているのではないのだろうか。
もし、生存本能を超えて、自分の意志で死ねるのだとしても、
ひとりぼっちは嫌だなあ。

京介
「...カーミル。」
「...カーミル。」

京介
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
踏まれてもなお生きる君は。」
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
踏まれてもなお生きる君は。」

京介
「君は、ただ安らかに生きたいだけなのか。
君は、ただ安らかに死にたいだけなのか。」
「君は、ただ安らかに生きたいだけなのか。
君は、ただ安らかに死にたいだけなのか。」

京介
「君は...生きたくなくても死ねないだけなのだろうか。
死に場所を探しているだけだろうか。」
「君は...生きたくなくても死ねないだけなのだろうか。
死に場所を探しているだけだろうか。」

京介
「...僕にはまだ見つからない。
それでも僕は...」
「...僕にはまだ見つからない。
それでも僕は...」

京介
「誰かと一緒に死ねるような、そんな死に場所を探すよ。」
「誰かと一緒に死ねるような、そんな死に場所を探すよ。」
人に、人を殺す手段と理由を与えた時、
人は2通りの挙動を示す。
人を殺せる者。
そして、人を殺せない者。
───それは他人に限った話ではない。
Fno.7 カーミル
「いらっしゃいませ! お疲れの旅人さん、ちょっと足を止めてみませんか?
本日のおすすめは、こちら――カーミルの花を使った特製ハーブティーです!」
街角の小さな屋台で、青年「マイルズ」はにこやかに笑いながら、湯気の立つカップを差し出してくる。
カーミルは、小さな白い花びらと、陽だまりのような黄色い中心をもつ可憐な花。
見た目は柔らかく、香りは優しい。
だがその実、踏まれれば踏まれるほど強く根を張り、花を増やすという、不思議な性質を持っている。
「このお茶にはね、そんなカーミルの力がぎゅっと詰まってるんです。
逆境に負けない心が欲しいとき、一杯飲めばきっと……」
彼はそこで言葉を切り、湯気の向こうからじっとこちらを見つめた。
「……あ、いや、実際に効き目を感じるかどうかは、お客様次第ですけどね」
そう言って笑うが、その笑みはどこか意味深だった。
屋台の端には、よく見ると細かいキズが入り色褪せた手書きの札が掛けられている。
――「この花は、踏まれた数だけ強くなる。」