Eno.133 兎耳天使ラビト 2.心の釘 - はじまりの場所
天界で暮らしていた頃は、女の姿でいることが多かった。
気の合う幼馴染に心の性が女の子である子が多かったから、彼女達のグループで過ごすには女の姿でいる方が馴染みやすかった。
彼女達とおれは何処か違うな、とは感じつつ、その違いが原因で仲間外れにされることは幸いなかった。友達に恵まれたと思う。
おれの世界の天使は皆両方の性の姿を持つけれど、心が女の子の場合は男の姿になることを好まないし、逆も然り。
基本的には皆、自分の心の性別と同じ姿で生活を送っている。
また、両方の性を自認している天使の場合は、場合に応じて姿を使い分けるのが一般的だ。
おれは、日常生活のほとんどは女の子の姿、戦闘訓練の際や重い物を持つ時は男の姿、という具合に姿を切り替えていたから、周囲からは女性寄りの両性タイプと認識されることが多かったらしい。
ある日。同僚の天使――心が完全に男性のタイプ――に声をかけられた。
彼のことは少し苦手だった。
彼はおれと接する時だけ態度が普段と違っていて……おれのことを特別扱いするようなところがあって、それがおれにとっては居心地が悪かった。
他の子と同じように接してほしいとお願いしたことはあったけれど、聞き入れてもらえなくてさ。
「なあ、“ ”。
俺が君を守る。力仕事をする際は俺が君を手助けする。
だから……男の姿になるのを、やめてくれないか」
「俺と、番 になってほしい。女の子でいてほしい」
片方の性別の心を持つ天使と、両方の性別の心を持つ天使が恋仲になる際、両性の天使がどちらか片方の性の姿のみを取るようになるのは、珍しいことではない。
だから、彼がおれに言った言葉は、別に何もおかしくはなくて。
でも、おれにとってはショックなものだった。
女性であることを求められたのがどうにも引っかかって仕方がなかった。
「……どうして? 普段は女の子として暮らしているだろう」
おれは淡々と返答した。
淡泊さで余計に相手を傷つけてしまっていたと思う。
もうちょっと「気持ちは嬉しいけれど……」みたいな言葉を挟んで、相手に配慮すれば良かったな。
当時のおれはまだ、今以上に、相手に気持ちを告げることがどんなに勇気が要ることか知らなかったんだ。
「もし女の子から想いを寄せられても、君は『男性性を求められても応えられない』と言って断るのかな」
「それでは、君は誰からの愛も受け取れないだろう」
「一生孤独なんだろうな、君は」
そう吐き捨てて、彼はその場を去っていった。

社会からの断絶を感じた。
何も恋愛がこの世の全てではないだろう。
おれは家族や友人には恵まれていて、決して孤独ではないのに。
乾いた風が吹き、枯れ果てたエリカの花弁がからからと音を立てて虚しく転がっていった。
男にも属せず、女にも属せず。故に、異性間の情緒のこともわからず。
それに加えておれは、物心ついた時には既に博愛精神を持っていた。この世のあらゆるものがうっすら愛おしくて、同時に、何かに特別強い愛着や執着を覚えることもなくて。
自分が誰かと特別な関係になることなんて、想像したことがなかった。
深さのある愛や恋を他者に向ける機能が、自分には備わっていないのかもしれないとも思っていた。
だから、元から誰とも番にならずに生きていくつもりだったんだけどさ。
それなのに。
吐き捨てられた言葉が釘のように刺さって胸から抜けないんだ。
誰からもありのままを愛してはもらえず、
誰からの愛をも受け入れることができず、
ずっとこの孤独感を抱えたままなのでしょうか。
気の合う幼馴染に心の性が女の子である子が多かったから、彼女達のグループで過ごすには女の姿でいる方が馴染みやすかった。
彼女達とおれは何処か違うな、とは感じつつ、その違いが原因で仲間外れにされることは幸いなかった。友達に恵まれたと思う。
おれの世界の天使は皆両方の性の姿を持つけれど、心が女の子の場合は男の姿になることを好まないし、逆も然り。
基本的には皆、自分の心の性別と同じ姿で生活を送っている。
また、両方の性を自認している天使の場合は、場合に応じて姿を使い分けるのが一般的だ。
おれは、日常生活のほとんどは女の子の姿、戦闘訓練の際や重い物を持つ時は男の姿、という具合に姿を切り替えていたから、周囲からは女性寄りの両性タイプと認識されることが多かったらしい。
ある日。同僚の天使――心が完全に男性のタイプ――に声をかけられた。
彼のことは少し苦手だった。
彼はおれと接する時だけ態度が普段と違っていて……おれのことを特別扱いするようなところがあって、それがおれにとっては居心地が悪かった。
他の子と同じように接してほしいとお願いしたことはあったけれど、聞き入れてもらえなくてさ。
「なあ、“ ”。
俺が君を守る。力仕事をする際は俺が君を手助けする。
だから……男の姿になるのを、やめてくれないか」

――――――
「え?」
「え?」
「俺と、
片方の性別の心を持つ天使と、両方の性別の心を持つ天使が恋仲になる際、両性の天使がどちらか片方の性の姿のみを取るようになるのは、珍しいことではない。
だから、彼がおれに言った言葉は、別に何もおかしくはなくて。
でも、おれにとってはショックなものだった。
女性であることを求められたのがどうにも引っかかって仕方がなかった。

――――――
「ごめんなさい。わたしは、女性性を求められても、応えられないのです」
「ごめんなさい。わたしは、女性性を求められても、応えられないのです」
「……どうして? 普段は女の子として暮らしているだろう」

――――――
「わたしの心の性別は、男性でも、女性でもないのです。
まだ心の性別が定まっておらず、いつか定まる時が来るのか。
それとも“定まっていないのがわたしである”のか。
いずれなのかは、わかりませんが……。
少なくとも今のわたしの心は、男でも女でもないのです」
「わたしの心の性別は、男性でも、女性でもないのです。
まだ心の性別が定まっておらず、いつか定まる時が来るのか。
それとも“定まっていないのがわたしである”のか。
いずれなのかは、わかりませんが……。
少なくとも今のわたしの心は、男でも女でもないのです」
おれは淡々と返答した。
淡泊さで余計に相手を傷つけてしまっていたと思う。
もうちょっと「気持ちは嬉しいけれど……」みたいな言葉を挟んで、相手に配慮すれば良かったな。
当時のおれはまだ、今以上に、相手に気持ちを告げることがどんなに勇気が要ることか知らなかったんだ。
「もし女の子から想いを寄せられても、君は『男性性を求められても応えられない』と言って断るのかな」

――――――
「きっと、そうだと思います」
「きっと、そうだと思います」
「それでは、君は誰からの愛も受け取れないだろう」

――――――
「…………」
「…………」
「一生孤独なんだろうな、君は」
そう吐き捨てて、彼はその場を去っていった。

――――――
「……一生、孤独……」
「……一生、孤独……」

社会からの断絶を感じた。
何も恋愛がこの世の全てではないだろう。
おれは家族や友人には恵まれていて、決して孤独ではないのに。
乾いた風が吹き、枯れ果てたエリカの花弁がからからと音を立てて虚しく転がっていった。
男にも属せず、女にも属せず。故に、異性間の情緒のこともわからず。
それに加えておれは、物心ついた時には既に博愛精神を持っていた。この世のあらゆるものがうっすら愛おしくて、同時に、何かに特別強い愛着や執着を覚えることもなくて。
自分が誰かと特別な関係になることなんて、想像したことがなかった。
深さのある愛や恋を他者に向ける機能が、自分には備わっていないのかもしれないとも思っていた。
だから、元から誰とも番にならずに生きていくつもりだったんだけどさ。
それなのに。
吐き捨てられた言葉が釘のように刺さって胸から抜けないんだ。

――――――
「男でも、女でもない、わたしは……」
「男でも、女でもない、わたしは……」
誰からもありのままを愛してはもらえず、
誰からの愛をも受け入れることができず、
ずっとこの孤独感を抱えたままなのでしょうか。