Eno.125 図書塔の眠り魔女  3節 点検は退屈 - はじまりの場所

眠り魔女の噂

塔は魔女の体そのものである。
魔女が死ねば塔も崩れる。


まるで魔女と塔は一体化しているような話も多い。



3節 点検は退屈で



「ふああぁ……。

「……。」

人目も気にしない大あくびを魔女様はする。

片手で口を覆い、もう片方の手はだらりと垂れたまま。
水色の髪が肩に落ち、ぼんやりとした瞳は眠気に濁っている。

この日は年に一度の点検日、街の役人と魔術師が揃ってこの図書塔へ来る。

……自分も一応は役人なのだが、もっと偉い人達だ。

「ふああぁぁ……むにゃむにゃ……ぅぅん……

魔女様は二度、大きなあくびをして、片手で水色の髪をかきあげて、こっちをみてくる。

寝たいわ

「寝てはいけません」

「退屈なんだもの」

とろんとした目尻。今にもまぶたが落ちそうな顔。

……本気で寝てしまう前に点検を済ませねばならない。

「でも駄目です。」

「私最初しかいらないわよね?」

「それでも駄目です。」

「……。」

魔女様は渋々、仕方ないというような様子で黙る。図書塔の入口をノックする音が響く。

「あいてますよ。」

「失礼します。」

ぞろぞろと入ってくる役人と魔術師。

魔女様はすでに退屈そうな顔をしている。

「魔女様、本日はよろしくお願いいたします」

「……はいはい」

声は小さく、背もたれにもたれたまま。形式張った挨拶に、眠気を隠そうともしない。

私は慌てて口を挟む。

「魔女様は了承されています。始めてください」


そして私は役人達と会話を交わす。

「……はい、老朽化については……こうなっています……はい、そうですね。……はい。」

魔女様はこういう会話を交わしたがらない。

理由は多分、眠くてしょうがないから。堅くて、長くて……退屈で……。

そうしてやりとりを交わしてから、実際に移動を始める。



魔術師たちが儀式の陣を描き始める。

魔女様はそこでまた椅子に腰を落とし、片頬を手のひらに預けている。

「……まだやるの?」

「規定ですので」

「早くしてね……」

言葉の端々にあくびが混じる。長命を生きてきた存在には、このやり取りはまさしく退屈以外の何物でもないのだろう。

「……ここで計測しましょうか。」

「はい。……魔女様、出番ですよ。」

「はあい。」

気の抜けた返事をして、椅子から立ち上がる魔女様。

一つ息をついて、目を瞑り、魔女様は片手をゆるくかざした。

魔力の流れが生まれる。

澄んだ空気が辺りを包む。

……人々の息を呑む雰囲気を感じる。

揺らぐランプの光。

水の流れるような、そんな魔力の流れが流れていく。

壁の古い石文様が淡く浮かび、光が水面に反射するようにちらつく。

役人たちはその場に釘付けとなり、筆を持つ手すら止まっていた。



静寂



「……。」

「……ふぁ、終わったわよ。」

「……。」

魔女様はあくび混じりに呟き、椅子にもたれかかった。

「塔全体を巡る魔力……これほどを……」

「水を流すのとそう変わらないわよ。」

魔女様はあっけに取られる役人や魔術師達を尻目にそっけなく答えてから、椅子にすわる。

「さ、まだやるんでしょう?ご自由にどうぞ。」

まるで本当に取るに足らないことをしただけ、という顔だ。役人たちの驚愕との落差がかえって彼女の異質さを際立たせていた。

にっこり笑ってから、うとうとと寝始める魔女様。

「……寝るのも早いな。」

「魔女様はいつもこうですから。」

そうして私は、眠る魔女様をそのままにしながら役人や魔術師とやり取りを進める。



……数時間後



「……はい、そうですね、次は……その頃に。」

「しかし、魔女はかくも大きい魔力をもつものか。」

「どれだけ長く生きてるものか……」

「魔女が居着いた時より昔からこの塔はあるというが……」

「……。」

すぐに帰らず、魔女様に関する感想やらなんやらをつらつら喋っている役人と魔術師達。

早く帰らないか…と内心思う。

この魔女様にとって退屈な点検は彼らにとっては畏怖の儀式なのだろう。

私には、ただ魔女様の眠気を妨げるものにしか見えないが。

「…すいません、そろそろ今日の報告をまとめる時間があるので……」

「ん、ああすまない、ではお暇させてもらおう。」

ぞろぞろと帰っていく役人と魔術師……大仕事がおわる。

……椅子に目を向ければ、すでにねこけている魔女様。

「……魔女様。」

「すぴ……すぴ……」

「魔女様」

「んん……」

魔女様

んぁ、ふわ……んん……ああ、帰った?」

「ええ、帰りましたよ。」

「ん、それなら眠れるわね……」

「駄目ですよ?」

「どうして…?」

「報告書の作成がありますから。」

「えぇ~………」

魔女様は椅子の背にもたれて、首をこてんと傾ける。

肘掛けから腕がずり落ち、指先がぶらぶらと揺れていた。

「報告書なんて、明日でいいじゃない……」

まるで小さな子どものようにむにゃむにゃ言う……魔女様の明日は、明日じゃない。

魔力のひとしきり流れきった塔は、再び静かに佇んでいた。

その静けさは、まるで魔女様の寝息に合わせて塔全体が呼吸しているかのようだった。








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