Eno.229 ゼユルア・アナヴァルド 手帳への記録 - はじまりの場所
【※語り手が精神的に不安定な描写があります。人によっては怖いと感じるかもしれません。ご注意ください】
普段から持ち歩いているその手帳の裏表紙には青く光る魔力で乱雑に書き殴った字が刻まれている。
わたシ は vampire わす れる な
ジブンの コト より 他のこと 考えろ
ケガは何処にも ナイ きれイな まま
思考が揺らぎ、正気を保てなくなりそうな時はいつもこの言葉を思い出す。
アンデッドとなった私は、それでも未だ知性を保っていた。
ただ本能にのみ従って徘徊する仲間たちを見ていれば、それはどれだけ幸運なことかわかる。
けれど、知性があるからこそ現実の私自身を直視するのが恐ろしかった。
私はなぜ誇り高き吸血鬼の1人として塵と消えることができなかった?
美しかった私の姿……病弱で魔力の量も大したことなく変身も苦手だった私にとって、数少ない長所はあの美貌だったのに、
どうして私は 考えるな それ以上 ワタシは カワイイ
ワタシはカワイイ ワタシにケガなんてない
ああ、腹が立つ! 意識は明晰だというのに!
現実逃避をすることで正気を保っているというなら、私は正気と呼べるが、こんな不安定な精神状態の女を正気だと誰が思う?!
いや、ここに生前の私を知るものなどいないのだから私が狂っていることなど誰もわかりはしない。
昔の私と比較するな ますますおかしくなりそうだ
比較的私の気分がマシな状態の時でなければ物事を順序立てて進めることはできない。それをまず受け入れよう。
手帳に書いておかなくては。
私がこの庭園に来た目的とやるべきこと。優先順位をつけて、思考が鈍っている時の私のために指示を出せ。
ペンを取り出し、インクの代わりに魔力を込めて字を書き付ける。
1.ここに来たのは先に庭園へ訪れた姉を探すため。
→姉と会ったら後継者として国へ戻るよう説得しろ
2.私が国を出たのは国外との交流が途切れつつある国の現状を打開するため。
→私は後継者の器ではない。それでも国内の同胞たちに希望を与えなくては。姉にはできないことを私がやるんだ。
3.ついでに失った心臓の手がかりを探すこと。
→既にあれから長い月日が経っている。見つけ出そうなんて砂漠に落とした一本の針を探すようなものだ。それでも吸血鬼らしき力を感じ取ったなら、それが私に近しいものか確かめること。そしてユラギエという名を聞いたなら手がかりを探れ
心臓に関してはここで見つかるとは思っていない。
けれどまだ私の肉体の一部として生きていることは確かだ。
それが他人の一部となっていないことを祈りたい。
……そんなわけないとわかっているけれど。
利用したいから奪ったに決まっているのだから。
確かにあの時の私は愚かで失敗した。
だけどその失敗で全ての他者を拒絶するのは更に愚かだ。
私は他者を憎むつもりはない。
私自身の感情に固執していればいつしかそれは狂気となる。
私は正気だ。まだ。
ああ、でも1人でいると悲観的な自分が顔を出す。
過去を思い出してしまう。
毎夜眠るまでの間、おかしくなりそうで耐え難い。
本を読み耽り、頭の中を別の思考で埋め尽くしていなければ、現実逃避に走らなければ、本当に私は狂ってしまいそうだ。
眠らなければ。
アンデッドとなった今、生理的欲求は薄くなったから食事もほとんど摂らなくなった。
それでも眠りだけは、現実逃避の手段として手放せない。
大丈夫、大丈夫。ワタシは元気だ。ワタシは正気だ。ワタシは正気だ!
また明日もワタシは笑顔で、元気で、明るくてカワイイアイドルなんだから!
本文はこちら
就寝前に私は懐から手帳を取り出した。普段から持ち歩いているその手帳の裏表紙には青く光る魔力で乱雑に書き殴った字が刻まれている。
わたシ は vampire わす れる な
ジブンの コト より 他のこと 考えろ
ケガは
思考が揺らぎ、正気を保てなくなりそうな時はいつもこの言葉を思い出す。
アンデッドとなった私は、それでも未だ知性を保っていた。
ただ本能にのみ従って徘徊する仲間たちを見ていれば、それはどれだけ幸運なことかわかる。
けれど、知性があるからこそ現実の私自身を直視するのが恐ろしかった。
私はなぜ誇り高き吸血鬼の1人として塵と消えることができなかった?
美しかった私の姿……病弱で魔力の量も大したことなく変身も苦手だった私にとって、数少ない長所はあの美貌だったのに、
どうして私は 考えるな それ以上 ワタシは カワイイ
ワタシはカワイイ ワタシにケガなんてない
ああ、腹が立つ! 意識は明晰だというのに!
現実逃避をすることで正気を保っているというなら、私は正気と呼べるが、こんな不安定な精神状態の女を正気だと誰が思う?!
いや、ここに生前の私を知るものなどいないのだから私が狂っていることなど誰もわかりはしない。
昔の私と比較するな ますますおかしくなりそうだ
比較的私の気分がマシな状態の時でなければ物事を順序立てて進めることはできない。それをまず受け入れよう。
手帳に書いておかなくては。
私がこの庭園に来た目的とやるべきこと。優先順位をつけて、思考が鈍っている時の私のために指示を出せ。
ペンを取り出し、インクの代わりに魔力を込めて字を書き付ける。
1.ここに来たのは先に庭園へ訪れた姉を探すため。
→姉と会ったら後継者として国へ戻るよう説得しろ
2.私が国を出たのは国外との交流が途切れつつある国の現状を打開するため。
→私は後継者の器ではない。それでも国内の同胞たちに希望を与えなくては。姉にはできないことを私がやるんだ。
3.ついでに失った心臓の手がかりを探すこと。
→既にあれから長い月日が経っている。見つけ出そうなんて砂漠に落とした一本の針を探すようなものだ。それでも吸血鬼らしき力を感じ取ったなら、それが私に近しいものか確かめること。そしてユラギエという名を聞いたなら手がかりを探れ
心臓に関してはここで見つかるとは思っていない。
けれどまだ私の肉体の一部として生きていることは確かだ。
それが他人の一部となっていないことを祈りたい。
……そんなわけないとわかっているけれど。
利用したいから奪ったに決まっているのだから。
確かにあの時の私は愚かで失敗した。
だけどその失敗で全ての他者を拒絶するのは更に愚かだ。
私は他者を憎むつもりはない。
私自身の感情に固執していればいつしかそれは狂気となる。
私は正気だ。まだ。
ああ、でも1人でいると悲観的な自分が顔を出す。
過去を思い出してしまう。
毎夜眠るまでの間、おかしくなりそうで耐え難い。
本を読み耽り、頭の中を別の思考で埋め尽くしていなければ、現実逃避に走らなければ、本当に私は狂ってしまいそうだ。
眠らなければ。
アンデッドとなった今、生理的欲求は薄くなったから食事もほとんど摂らなくなった。
それでも眠りだけは、現実逃避の手段として手放せない。
大丈夫、大丈夫。ワタシは元気だ。ワタシは正気だ。ワタシは正気だ!
また明日もワタシは笑顔で、元気で、明るくてカワイイアイドルなんだから!