Eno.133 兎耳天使ラビト  1.放浪の始まり - はじまりの場所

 ある時神様に呼び出され、告げられた。

「“      ”。
 お前はまだ、ヒトを導けぬ」
――――――
「……何故、ですか」


 ショックだった。
 おれは、成績は悪い方じゃなかったし。
 それなりの実績も出せていたのに。

「愛への理解が浅いのだ。
 ヒトに寄り添うには、更に深く愛を識らねばならぬ」

 おれは、博愛主義だ。
 世界を構成するあらゆる存在を、広く普く愛してきた。

 ヒトのことだって愛してて、彼等を正しく導けるよう、たくさん観察したり、本を読んだりして、心について勉強を積み重ねた。
 それでも理解が浅いと言われるのは、硬く分厚い壁に道を阻まれた気分だ。

「他の天使達にはあり、お前にはまだないものがある。
 それを得なければならぬ」
――――――
「それは……わたしの心の性ですか」

「否」

 おれの世界の天使は皆、身体については男と女の両方の姿を持っている。
 そして、天使の内、約4割が男と女両方の心の性を持ち、残りの3割ずつが、いずれかの性別を自認している。
 大抵は幼い内に、遅くても思春期に差し掛かる頃には、皆自分の心の性別を自覚する。
 けれど、おれはいつまで経っても自分の心の性別がどちらなのかわからなかった。

 だから、愛への理解の浅さを指摘された原因は心の性別のことかと思ったけれど、神様には否定された。
 おれは、また別の何かが不足しているらしい。

――――――
「わたしが博愛主義であることと、関係はありますか」

「……なくもない」

 曖昧な返答だ。

――――――
「具体的に、どのように、わたしは……足りていないのですか」

「その答えを今この場で示したところで、意味を為さぬ」

 おれはしばし俯いて思考を巡らせた。
 これといった答えは出ない。

「“      ”」

 名を呼ばれ、おれは顔を上げ神様に視線を向けた。

「地上を旅せよ。
 ヒトの姿で、ヒトの社会の一員となり、
 直にヒトと触れ合い経験を積むのだ」


 そうして、おれの放浪の旅が始まった。
 天界から地上に降りて、当分戻れない空を見上げる。

――――――
「名前、どうしましょう。
 単純にエルを取っ払いましょうか。
 ……いえ」


 ヒトの振りをして人間社会で過ごすために、天使としての名は伏せる必要があった。
 おれの本当の名前は、とある花が由来となっていて。
 そして、その花の花言葉は、あまりにおれに似合わない。
 名付けてくれた両親には申し訳ないけれど、正直コンプレックスだった。
 この際、偽名は全く別の名前にしようと思った。

ラビト
Loveの支援をするRabbitだから、ラビトLovvit


 覚えやすくていいかな。

 白く輝くのをやめてしまった黒い輪と。
 天使であることを象徴する白い翼と。
 獣人のいない地域では、兎の耳も。
 それらを隠して、ヒトの国へと。

 








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