Eno.1 椋 京介 はなのきもち - はじまりの場所
愛とはなんなのだろうか。
人と人とが言葉を交わし、食を交え、身体を重ね、同じ屋根の下に眠る。
そうして互いに時を共にした上で、気持ちが通じ合うことで愛となるのだろうか。
いくら言葉を交わそうとも、その言葉を成した真意はわからない。
いくら食事を交えようとも、その味を成した真意はわからない。
言葉の意味も、食事の味も、発した人・作った人だけではできあがらない。
聞く人も食べる人もいて初めて、完成するものだと思う。
人は、聞きたいようにしか聞けないし、食べたいようにしか食べられないものだ。
この世に同じ人間など一人もいないのだから。

京介
「...マリアル。」
「...マリアル。」

京介
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
淡い桃色の花弁の君は。」
「何を見て、何を感じて、何を思っているんだろうか。
淡い桃色の花弁の君は。」

京介
「君はきっと、とても思慮深いのだろう。
その上できっと、僕達にも分かりやすく咲いているのだろうね。」
「君はきっと、とても思慮深いのだろう。
その上できっと、僕達にも分かりやすく咲いているのだろうね。」

京介
「君は...誰かと愛し合えているのだろうか。
想い合えているのだろうか。」
「君は...誰かと愛し合えているのだろうか。
想い合えているのだろうか。」

京介
「...僕には愛はわからない。
それでも僕は...」
「...僕には愛はわからない。
それでも僕は...」

京介
「僕にも想われるような心があればと思う。」
「僕にも想われるような心があればと思う。」
愛とはなんなのだろうか。
愛というものは、互いに想い合うことで
二人の間に成り立つのかもしれない。
この花の逸話のような、愛情のインジケーターは、
この世に存在しないのだから。
Fno.6 マリアル
修道院の裏庭に、淡いピンク色の花がひっそりと咲いている。
ハートの形をした花びらが幾重にも重なり合い、その色は、育てた者の想いに呼応して濃くなるという。
その名は、マリアル。愛情そのものの形を持つ花だ。
あるシスターは、毎朝必ずこの花に水をやり、土を整え、声をかけた。
「おはよう」と口にするたび、花の色はほんのわずかに深みを増していった。
彼女は孤児院を兼ねた修道院で子どもたちを育てており、その忙しさの中でも、庭のマリアルだけは欠かさず世話を続けた。
やがてひとり、またひとりと子どもたちは里親に引き取られていった。
別れは喜びであり、同時に胸を締めつける痛みでもあった。
残された花は、なぜかますます鮮やかな色を放つようになっていた。
それはまるで、彼女が渡した「大切」の欠片が、すべて花に宿っていったかのようだった。
ある雨の日、修道院を訪れた旅人が、庭の片隅で異様に濃いピンク色のマリアルを見つけた。
花びらは重なり合いすぎて、もはやひとつの塊のように見える。
その根元には、小さな木札が立てられていた。
――「ここに、大切をすべて注ぎました。」
シスターは今も修道院にいる。
だが旅人は、花の前に立つ彼女の横顔を見たとき、なぜか「ここにはもう、彼女の時間は残っていないのだ」と直感した。