「その名は往古の言葉で「幸福」「恩寵」を意味し、それを司る神格として信仰を得た。彼の神殿を作った人々は、共同体に新たな命が生まれると、決まって彼の神より祝福されることを望んだ。愛しい我が子に降りかかる病、災い、苦痛全てが遠のくようにと願ったのである。そしてこの新たな命を祝福するという行為を通して、彼は妊産婦の守護神としても度々言及される。」

　
「だがあくまでこれらは今日日伝わっている内容であり、多くの神話や伝承がそうであるように、不特定多数の民族・国家・時代を経る中で、関連する話が継ぎ足されては忘れ去られていることを念頭に置かねばなるまい。」

　
「そのはじまりにおいて、彼の神はそも神ではなかった。世の厄災を一身に引き受ける「最も忌まわしきもの」として記録されるそのなりは、「泥沼」であり、人ですらなかったのだ。」

　
「しかしその「泥沼」が存在していたからこそ、人々は安穏と暮らすことができたのである。やがて人々はこれを祀ることにした。恐怖や畏敬の対象を祀って機嫌を取り、厄災を避ける慣習は古今東西に伝わっている。その例に漏れず、この泥沼もまた神格化された。」

　
「その起源は遡り切ることすらできないほど古いと予想されるが、『アゼル』という名で呼ばれ、人の姿で描かれるようになったのはここ数千年の出来事である。人類の歴史の長さを考えれば「つい最近」と言えるだろう。」